TRAIL GUIDE

歩いて学んだこと。準備から装備、食事、怪我の対処まで。

01

BEFORE YOU GO — 出発前にすること

ロングトレイルを歩くと決めたら、最初にやることは「歩く」ことではありません。パーミット(入山許可証)の取得、ビザ、保険、資金計画、そして場合によっては仕事を辞めること。準備に半年以上かかるのが普通です。

PCTで得た経験を元に説明していきます。

パーミット

PCTA(Pacific Crest Trail Association)が発行する Long Distance Permit が必要です。毎年秋に翌年ぶんの申請が始まり、1日あたりの出発人数が制限されています。NOBOの場合、3〜4月のスタート枠は人気が高く、早めの申請が重要です。申請はPCTAの公式サイトからオンラインで行います。

PCTに限らず、人気のあるロングトレイルにはパーミット制度があることが多いです。アメリカのAT(Appalachian Trail)はパーミット不要ですが、JMT(John Muir Trail)は抽選制で倍率が高いです。ニュージーランドのTe Araroaは不要です。トレイルごとに制度がまったく違うので、最初に確認すべきはそこだと思います。

ビザと入国

アメリカの場合、日本国籍ならESTAで90日間の滞在が可能です。ただしPCTスルーハイクは通常5〜6ヶ月かかるため、B-2ビザ(観光ビザ)の取得を推奨します。大使館面接では「PCTを歩く」と正直に伝えれば問題ありません。入国審査でもパーミットを見せれば理解してもらえます。

保険

海外の医療費は高額です。骨折で数百万円の請求が来ることもあります。海外旅行保険かクレジットカード付帯の保険は必須です。山岳遭難や救助搬送がカバーされているか確認してください。国際対応できる山岳保険もあります。

ロングトレイルが海外なら保険は必須です。国によって医療費の相場が大きく違います(アメリカは特に高いです)。山岳遭難・ヘリ搬送のカバー範囲は保険によって差があるので、「トレイル上で動けなくなったとき」を想定して選ぶのがいいと思います。

費用

PCTスルーハイクの総費用は、渡航費込みで120〜200万円が目安。内訳はおおよそ以下の通り。

  • 渡航費(往復航空券): 15〜25万円
  • 装備(新規購入ぶん): 15〜30万円
  • トレイル上の生活費(食料・宿・洗濯等): 50〜80万円
  • 保険: 2〜15万円
  • ビザ・パーミット・その他: 5〜10万円

タウンでの宿泊頻度や食事のスタイルで大きく変わります。自炊中心なら安く抑えられますが、たまにはモーテルでシャワーを浴びてピザを食べたいものです。そのぶんの予算は精神衛生費だと思っています。

費用感はトレイルと国で大きく変わります。アメリカのトレイル(PCT・AT・CDT)は町での滞在費が高いです。ニュージーランドのTe Araroaはハット(山小屋)料金が比較的安いですが食料が高いです。スペインのCamino de Santiagoはアルベルゲ(巡礼宿)が格安です。「タウンでいくら使うか」がどのトレイルでも最大の変動要因だと思います。でも仕事から全て解放された精神状態で歩くロングトレイルは異常に面白いです。

TIPS: 仕事を辞めるということ

PCTを歩くには5〜6ヶ月の休みが必要になります。会社員なら休職か退職かの選択を迫られます。自分は退職して歩きました。「帰国後どうするか」は歩きながら考えればいい — 実際、4,200km歩いた後には考え方が変わっていました。MIYAGENはその延長線上にあります。

これはPCTの話ですが、1ヶ月以上の長期ハイクなら同じ問題に直面します。Camino de Santiago(約1ヶ月)なら有給でいけるかもしれません。期間の短いトレイルから始めて感覚を掴む、というのもひとつの方法だと思います。

TIPS: PCT準備タイムライン

「いつ何をすればいいのか」が一番迷うところだと思います。自分の場合のスケジュール感を書いておきます。

1年前 情報収集を始めます。Halfway AnywhereやPCTAのサイトを読みます。「歩くかどうか」を決める時期です。日本での登山・ハイキングで体力づくりも始めましょう。
6ヶ月前 パーミット申請(11月開始)。NOBOの3〜4月は激戦です。ここで日程がほぼ決まります。航空券の目星をつけ始めましょう。早めに買うほうが安いです。
3ヶ月前 装備の最終決定。大きな買い物(バックパック、シェルター、寒地用ギア)を揃えます。保険の加入。B-2ビザの申請(ESTAでは90日しか滞在できません)。
1ヶ月前 装備のシェイクダウン。30km以上のテストハイクをしておきましょう。バウンスボックスの準備(必要な場合)。スマホのアプリ設定(FarOut、地図ダウンロード)。
1週間前 最終パッキング。ベースウェイトを計量して記録しておきます。家族・知人に緊急連絡先を共有。「完璧な準備なんてない」と割り切りましょう。足りないものは現地で買えます。
02

GEAR ESSENTIALS — 装備の考え方

PCTの装備選びは「5ヶ月間壊れないか」が最優先になります。軽さと耐久性のバランスがシビアです。2022年、メキシコ国境からカナダ国境まで4,265km・約5ヶ月。ベースウェイト4,836gでスタートしました。

4,265km / 152日 / 4,836g

バックパック、コジー、パックライナー、サコッシュ — 背負っていた道具のほとんどは自分で試作したものでした。「この道具で4,200km歩けるのか」を確かめるための旅でもありました。カンポ(メキシコ国境)をスタートし、歩きながらギアリストを完成させていきました。

ベースウェイトの考え方はどのトレイルでも同じです。「軽さと耐久性のバランス」は距離と期間で最適解が変わります。1週間のトレイルなら多少重くても壊れない道具を選べばいいです。5ヶ月なら軽さを追求しないと体が持ちません。自分の場合はPCTが基準になっていますが、距離に応じてギアリストを組み替える発想が大事だと思います。

バックパック

PCT用に自分で試作したフレームレス45Lパック(743g)。のちにCREST 40として製品化したモデルの原型です。PCTにはベアキャニスター(熊対策の食料コンテナ)を入れなければならない区間があります。シエラ区間で8Lの円筒をパックに入れた瞬間、容量設計の重要さを痛感しました。4,200km後、パックの底面は擦れて薄くなり、ショルダーストラップの縫製が1箇所ほつれました。でもメインの生地は破れませんでした。

シェルター

REI Flash Air 1 Tent(680g)。トレッキングポール設営のシングルウォール。PCTでは地面が砂漠の固い砂地から、シエラの岩場、オレゴンの森林まで変わります。「非自立式で大丈夫か?」と不安でしたが、PCTなら問題ありませんでした。ペグが刺さらない場面では石で固定しました。

シェルターの選び方はトレイルの気候と地形で変わります。PCTやCDTのように乾燥した区間が長いトレイルなら非自立式が軽くて有利です。ATのように毎日雨が降る環境ならダブルウォールの信頼性が欲しくなります。Te Araroaのような強風地帯では低い設計が重要です。「どこで使うか」が先、「何gか」は後だと思います。

スリーピング

PCTの温度帯の振れ幅は極端です。砂漠の夜は5℃まで下がり、シエラでは-5℃になります。砂漠では暑すぎる夜もありましたが、シエラでは全身を縮めてギリギリ耐えました。1つの寝袋でこの振れ幅をカバーしなければならないのがスルーハイクの難しさです。

寝袋の温度帯選びは、どのトレイルでも「最も寒い夜に合わせる」か「平均に合わせて寒い日は着込む」かの二択です。自分は後者を選びました。寝袋を2つ持つわけにいかないスルーハイクでは、レイヤリングで温度帯の不足を補うのが現実的だと思います。

レイヤリング — PCTの気候

PCTの気候は極端です。砂漠セクションの日中は40℃を超え、夜は5℃まで下がります。シエラでは日中20℃でも夜は-5℃。ワシントン州に入れば連日の雨で気温12℃。同じウェアのセットで全区間を歩かなければなりません。メリノフーディ + 化繊保温系 + ダウン + シェルの4レイヤーで全区間を乗り切りました。PCTで5ヶ月間メリノを着続けた経験から、のちにMIYAGENのメリノウェアが生まれました。

4レイヤーの考え方(ベース + 保温 + インサレーション + シェル)は、PCTでなくても長距離ハイクの基本です。荷物を減らすと服のレイヤーで調整する力が必要になります。

TIPS: 汎用的な装備リストはFIELD NOTESへ

PCTに限らないULハイキングの装備リストは FIELD NOTES に掲載しています。ベースウェイト4.8kgのテント泊装備一覧と、各ギアの選び方を解説しています。

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ELECTRONICS & CAMERA — 電子機器とカメラ

PCTでの電子機器は「ナビゲーション」「連絡手段」「記録」の3つに集約されます。何を持つかより、何を充電するかが問題になります。補給間隔が5〜6日空くシエラでは、モバイルバッテリーの容量がそのまま安心感になりました。

スマートフォン

iPhone 13 Pro。ナビ・連絡・サブカメラのすべてを担います。FarOutアプリは必須で、水場の位置、キャンプ地、次のリサプライポイントまでの距離がすべてわかります。オフライン地図をダウンロードしておけば圏外でも使えます。SIMカードはアメリカで現地購入がおすすめですが、最近はeSIMを日本で事前に買うのもOK。

カメラ

NIKON Z7II + Z 40mm f/2(約755g / ストラップ・予備バッテリー込みで897g)。フルサイズミラーレスをPCTに持っていくのは少数派ですが、自分にとっては「記録」の質が旅の意味に直結していました。USB-C充電対応なのでモバイルバッテリーから直接充電できます。重さの代償は大きいですが、帰国後に見返す写真のクオリティを考えると後悔はありません。

充電計画

ANKER 10000mAh + RAVPOWER 20000mAhの2台体制。区間の長さに応じて使い分けました。砂漠区間(補給間隔3〜4日)は10000mAhで十分です。シエラ区間(5〜6日)は20000mAhが必要でした。タウンに着いたらまず全デバイスを充電します。これがルーティンでした。

充電計画の考え方はどのトレイルでも同じで、「町間の日数 × 1日のバッテリー消費量」から逆算します。PCT以外でも、Te AraroaやATなどFarOutでカバーされているトレイルは多いです。補給間隔が長いトレイルほどバッテリー容量が重要になるので、トレイルごとに計算し直す必要があります。

GPSとアプリ

  • FarOut(旧Guthook): PCTハイカー必携。水場・キャンプ地・レビューが充実
  • Gaia GPS: バックアップ地図。FarOutが落ちた時の保険
  • Google Maps: タウンでのナビゲーション
  • WhatsApp: アメリカのハイカーとの連絡手段として定番

FarOutは世界中の主要ロングトレイルをカバーしています。PCT、AT、CDT、Te Araroa、Camino、GR系など。アプリの使い方を一度覚えれば、別のトレイルでもそのまま使えます。「水場コメント」のリアルタイム性はPCT以外でも命綱になります。

TIPS: ヘッドランプは35gで十分

NITECORE NU25(35g)に自作ベルトで軽量化。PCTでは基本的に日の出とともに歩き始め、日没前にテントを張ります。ヘッドランプを使うのはテント内と早朝・夕方のみ。明るさより軽さを優先して大丈夫です。

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ON TRAIL — トレイルでの生活

PCTの日常は「歩く・食べる・寝る」の繰り返しです。でもアメリカのトレイルには日本とはまったく違うシステムがあります。単位はマイル、水場の間隔は20マイル以上空くこともあります。知っておくだけで最初の数日が楽になることがたくさんあります。

最初の100マイルで学んだこと

PCTの最初の1〜2週間は、何もかもが「想像と違う」期間です。装備の使い方、水の量、歩くペース — 全部、歩きながら調整することになります。自分が最初の100マイル(約160km)で学んだことを書いておきます。

歩きすぎ問題。全員が通る道です。興奮して初日に30km歩いて、翌日に動けなくなるハイカー。最初の2週間は20km/日以下に抑えてもいいかもしれません。体ができていないのに距離を稼ぐと、故障が早まります。

水の読み違い。砂漠セクションでは水場間の距離が20〜30km空くことがあります。「次の水場まで何リットル必要か」の計算は、最初のうちは必ず間違えます。自分は「迷ったら多めに担ぐ」方針で、余裕を持たせていました。FarOutの水場コメントが命綱になります。砂漠では常に6Lを持ち運びました。寝る時に1-2L、日中に2L、予備2L。水が豊富なら1Lを持ち運ぶだけでもOK

テント設営のリアル。家で練習したのと、実際のトレイルで張るのは別物です。風、傾斜、石だらけの地面。最初の数日で「自分の設営パターン」ができてきます。コツは暗くなる前にキャンプ地を決めておくことです。

他のハイカーが教科書。最初の100マイルで一番助かったのは、同じ時期にスタートした他のハイカーたちでした。みんな同じ悩みを持っていて、情報交換が自然に起きます。「一人で解決しようとしない」がロングトレイル。

最初の1〜2週間で歩きすぎる、水を読み間違える、テント設営に苦労する — これはPCTに限った話ではありません。ATでもTe Araroaでも、最初の数日は全員が同じ壁にぶつかります。「最初は抑えて、体ができてから伸ばす」は、何事も同じかと思います。張り切りすぎずに自分勝手に楽しみましょう。

アメリカの単位に慣れる

距離はマイル(1マイル ≒ 1.6km)、気温は華氏(°F)、重量はオンス(oz)。PCTハイカー同士の会話は全部マイルベースです。「今日は25マイル歩いた」「次の水場まで8マイル」。最初は換算に苦労しますが、1週間もすればマイルで考えるようになります。

水場と水の運搬

砂漠セクション(Campo〜Kennedy Meadows)では水場の間隔が最大20マイル以上空くことがあります。5Lの水を運ぶ場面もありました。FarOutアプリのコメントで水場の最新状況を確認しながら歩きます。シエラ以降は雪解け水が豊富で、水の心配はほぼなくなります。浄水はカタダインのフィルターを使いました。

水の運搬量の計算(次の水場までの距離 ÷ 時速 × 1時間あたりの消費量)は、乾燥した区間があるトレイルならどこでも使います。PCTの砂漠セクション、CDTのニューメキシコ区間、Te Araroaの北島区間。「迷ったら多めに担ぐ」は世界共通のルールだと思います。

バウンスボックス

「バウンスボックス」はUSPS(郵便局)のGeneral Deliveryを使い、先の町に荷物を送っておく仕組みです。季節に合わせてギアを入れ替えたり(砂漠→シエラでチェーンスパイク追加)、不要になった道具を送り返したりできます。計画的に使えば装備の最適化が格段に楽になります。

買い物と補給

リサプライポイント(補給できる町)は3〜6日ごとに現れます。ただし「町」といっても小さなガソリンスタンド併設のショップしかないこともあります。品揃えは期待しないほうがいいです。主食はラーメン、クスクス、オートミール。行動食はグラノーラバー、ナッツ、ドライフルーツ。選択肢が限られるぶん、食料計画はシンプルになっていきます。

補給の考え方は「町間の日数 × 1日の食料重量」で計算します。PCTではこの間隔が3〜6日でしたが、トレイルによって大きく異なります。Te Araroaは10日以上町に出ない区間があります。補給間隔が長いトレイルほど、食料のカロリー密度(kcal/g)の計算が重要になります。

天気と動物

砂漠は40℃超の炎天下と夜の冷え込み。シエラは残雪と渡渉。ワシントン州は連日の雨。天気予報はFarOutのコメントと、タウンでのWi-Fi接続時にチェックしました。動物はガラガラヘビ(砂漠)、ブラックベア(シエラ〜北)が要注意です。ベアキャニスターの使用が義務付けられている区間もあります。

TIPS: ヒッチハイクは普通

PCTではトレイルからリサプライタウンまでヒッチハイクで移動するのが一般的です。「PCT HIKER NEEDS RIDE」と書いた紙を持って道路脇に立てば、だいたい30分以内に誰かが止まってくれます。アメリカのハイキング文化ではごく当たり前のことで、怖がる必要はありません。

05

HIKER FOOD & CULTURE — ハイカー飯と文化

私のPCTでは1日3,000kcal以上を摂取しないと体重が落ちていきました。「ハイカーハンガー」と呼ばれる異常な食欲は、歩き始めて2〜3週間で始まります。食料計画はULハイキングの核心のひとつです。

セクション別の食料事情

砂漠は水が少ないぶん水を多く運ぶ必要があり、食料はできるだけ軽くしたいところです。シエラは標高と運動量が上がるぶんカロリーが必要です。同じ「1日ぶんの食料」でも、セクションによって中身と量がまったく変わりました。

  • 砂漠(Campo〜Kennedy Meadows): 補給3〜4日 / 450〜500g/日 / 水4〜6L / 3,000〜3,500kcal
  • シエラ(Kennedy Meadows〜Sonora Pass): 補給5〜6日 / 550〜650g/日 / 水3〜4L / 3,500kcal
  • 北カリフォルニア: 補給3〜4日 / 500〜550g/日 / 水4〜6L / 3,000kcal
  • オレゴン〜ワシントン: 補給3〜5日 / 500〜600g/日 / 水3〜4L / 3,000kcal

毎日食べていたもの

5ヶ月間、ほぼ毎日同じようなものを食べていました。朝はインスタントコーヒー + グラノーラバー(調理なし、5分で出発)。行動食はナッツ、ドライフルーツ、チップス(全カロリーの60〜70%がここです)。夜はラーメン or クスクス + ツナパック + オリーブオイル(9kcal/gのカロリー密度最強食材です)。

「朝は火を使わない、行動食でカロリーの6〜7割、夜だけ調理」というパターンは、PCTに限らず多くのハイカーが実践しています。オリーブオイル(9kcal/g)やナッツ(6kcal/g)などカロリー密度の高い食材を選ぶ考え方は、どのトレイルでも同じだと思います。

トレイルネーム

PCTでは全員が「トレイルネーム」を持ちます。自分で名乗る場合もありますが、多くは他のハイカーにつけてもらいます。名前がつくとハイカー友達になった実感が湧きます。本名で呼ばれることはほぼありません。

トレイルエンジェル

トレイル沿いで無償のサポートをしてくれる人たちです。水場に冷たい水やソーダを置いてくれたり、自宅を開放して泊めてくれたり。砂漠セクションのScissor Crossingでは、テントを張れるスペースとシャワーを無料で提供してくれるエンジェルがいました。PCTの文化そのものだと思います。

TIPS: M&M'sは砂漠でも溶けない

チョコレートのM&M'sは砂漠でも解けません。このチョコレートは軍事用に開発されたチョコレートで砂糖でコーティングされています。私はよくこのチョコレートを食べていました。

レシピや食料計画の具体的な組み立て方は、HIKER FOODページにまとめました。

HIKER FOOD — ロングトレイルの食事と食料計画 →

PCT用語集

ロングトレイルのハイカーコミュニティには独特の言葉が多いです。ここではPCTで使った用語を中心にまとめましたが、Thru-Hike、ゼロデイ、Trail Magic、Hiker Hungerなどは、AT(Appalachian Trail)やCDT(Continental Divide Trail)でもそのまま通じます。

Thru-Hikeスルーハイク
トレイルの全区間を一度に通して歩くこと。PCTの場合はメキシコ国境からカナダ国境(またはその逆)までの4,265kmです。Section Hike(区間ごとに分けて歩く)と対置されます。
NOBO / SOBOノボ / ソボ
Northbound(北上)とSouthbound(南下)。PCTは大多数がNOBO(メキシコ国境→カナダ国境)です。自分もNOBOでした。SOBOは雪の関係で6月末〜7月初旬スタートが一般的です。
Flip-Flopフリップフロップ
トレイルの途中で方向を変える歩き方です。例えばシエラの積雪が多い年に、先に北カリフォルニアを歩いてからシエラに戻る、といった柔軟なプランです。
Hiker Trashハイカートラッシュ
ロングトレイルハイカーの自嘲的な愛称です。何週間も山にいると、服は汚れ、髪はボサボサ、町での振る舞いも野性化します。それを誇りにする文化があります。
Zero Dayゼロデイ
全く歩かない休養日です。町に滞在して体を休めます。Nero(ニアロ = Near Zero)は「ほぼゼロ」で、少しだけ歩く日です。自分は大体週に1回ゼロデイを取っていました。
Trail Magicトレイルマジック
トレイル上での予期せぬ善意です。道端に置かれたクーラーボックスの飲み物、キャンプ場で振る舞われるビール、見知らぬ人からの車のライド。PCTを歩く最高の醍醐味のひとつです。
Trail Angelトレイルエンジェル
Trail Magicを提供する人々です。ハイカーを自宅に泊めたり、町まで送迎したり、食事を振る舞ったりします。PCTコミュニティを支える存在です。
Cat Holeキャットホール
トレイルでのトイレ方法です。トレイルから60m以上離れた場所に深さ15〜20cmの穴を掘り、用を足したら埋め戻します。セクション06の「トイレのルール」も参照してください。
Cowboy Campカウボーイキャンプ
テントやタープを張らずに、スリーピングパッドだけで星空の下に寝ること。砂漠セクションでは雨がほとんど降らないので、やる人が多いです。究極の軽量化です。
Vitamin Iビタミンアイ
イブプロフェン(鎮痛剤)のハイカースラングです。膝や足の痛みにみんな飲んでいるので、いつの間にかビタミン扱いになりました。
Hiker Hungerハイカーハンガー
長距離ハイク開始2〜3週間で襲ってくる異常な食欲です。毎日4,000〜5,000kcal消費すると、体がカロリーを求め続けます。町に着いたらまず食べます。
Bounce Boxバウンスボックス
トレイル上の町から次の町へ自分宛に送る箱です。季節の装備入れ替えや、すぐには使わないが捨てたくないものを先の町に送っておきます。セクション04の「バウンスボックス」も参照してください。
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BODY CARE — 歩き方・マナー・怪我

4,265kmを歩き通すには、体のケアが装備選びと同じくらい重要です。道具は買い替えられますが、足裏の水ぶくれや膝の痛みは歩きながら治すしかありません。PCTで経験したトラブルとリカバリーを書いておきます。

ペース配分

PCTでの1日の平均行動距離は約30〜40km。PCT完歩者の平均が25〜30kmですから、かなりのハイペースです。でも最初からこのペースだったわけではありません。最初の2週間は20km/日に抑え、体が慣れてから徐々に距離を伸ばしました。「最初の2週間で無理をしない」が完歩への最短ルートだと思います。

「最初の2週間は抑える → 体ができてから距離を伸ばす」は、PCTでもATでもCDTでも変わりません。どのトレイルでも脱落の最大原因は「最初の飛ばしすぎ」と言われています。自分は1日20km以下からスタートしましたが、これはどのロングトレイルでも推奨できる数字だと思います。

足のケア

水ぶくれはPCTハイカーの通過儀礼みたいなものです。砂漠セクションの灼熱のアスファルト区間で最初の水ぶくれができました。対策は「予防が9割」です。

  • 靴下は速乾性の高いものを選ぶ(濡れた靴下は摩擦の元)
  • 休憩のたびに靴を脱いで足を乾かす
  • ワセリンを塗布して摩擦を軽減
  • 水ぶくれができたら安全ピンで水を抜き、テーピングで保護

水ぶくれ対策はトレイルを問いません。速乾性の靴下、こまめに靴を脱いで乾かす、ワセリン塗布。この3つはPCTの砂漠でもATの湿地帯でも同じです。地形によって靴の選び方は変わりますが、「足を乾いた状態に保つ」原則は共通だと思います。

そんな足のトラブルで生まれたのがセパレートドライソックスです。指の間に生地を設けて指同士が蒸れず擦れずに歩くことができます。トラブルを防止するためのソックスとして。インナーソックスとしても使用できます。インナーとして使えば長く使えるためぜひお試しください。

トイレのルール

アメリカのトレイルでは「Cat Hole」方式が基本です。トレイルから60m以上離れた場所に深さ15〜20cmの穴を掘り、用を足したら埋め戻します。トイレットペーパーはジップロックに入れて持ち帰ります(Leave No Trace)。シエラの一部区間ではWAGバッグ(携帯トイレ)が義務付けられています。

トイレ紙はグミのパッケージかトレイルフードのパッケージが臭いが漏れないのでオススメです。

怪我とメンタル

膝の痛み、足底筋膜炎、シンスプリント — 長距離を歩けば何かしら出ます。自分はシエラ区間で軽い高山病の症状(頭痛・食欲不振)が出ました。4,000m級のパスを越える日が続くと体が追いつかないことがあります。ゆっくり歩く、水を多めに飲む、無理をしない。これに尽きます。

メンタル面では「不安」と「痛み」が敵になります。砂漠を2週間歩き続けると、景色が変わらないことにうんざりします。そういう時はタウンで休養日を取ります。他のハイカーと話します。「歩かない日」を恐れないことが長期ハイクのコツだと思います。

メンタルの問題 — 孤独、単調さ、ゴールへの焦り — はロングトレイル共通の課題です。距離や国は関係ありません。「歩かない日を恐れない」「他のハイカーと話す」は、どのトレイルでも効果がある対処法だと思います。別にスルーハイクをしなくてもいいんじゃないですか?あなたのやりたいことをやったらいいと思います。

道具のトラブル

4,200kmも歩けば道具は壊れます。PCTで経験したトラブル — ポールのロック機構が砂を噛んで固着(分解清掃で復旧)、パックのショルダーストラップがほつれ(裁縫道具で補修)、テントのジッパー噛み(ペンのキャップで慎重に戻す)。リペアキットは「使わないかもしれない」道具の筆頭ですが、使う場面は確実に来ます。

リペアキットの中身はトレイルが変わっても大して変わりません。裁縫道具、ダクトテープ、予備のコードロック、接着剤。「何が壊れやすいか」はギアの使用距離に比例するので、2,000km以上のトレイルなら持っていくべきだと思います。

TIPS: お金は保険

道具が壊れたら買っていいのです。スーパーの靴で歩いているハイカー。Amazonの格安装備もいます。

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BEYOND PCT — ロングトレイルの共通言語

ここまで書いてきたことはPCTの話ですが、振り返ると「PCTだけに当てはまること」はそう多くありません。パーミットの申請方法やアメリカの単位系はPCT固有ですが、歩く・食べる・寝る・直すの基本は、世界中どのロングトレイルでも同じでした。自分がPCT4,265kmで学んだ「トレイルを問わない考え方」をまとめておきます。

装備は「引き算」で考える

装備リストを作るとき、「何を持っていくか」ではなく「何を持っていかないか」を考える方が早いです。すべての道具に「これがなかったらどうなるか?」と問いかけます。答えが「困る」なら持っていきます。「不便だが死なない」なら置いていきます。

PCTのベースウェイト4,836gも、この引き算を5ヶ月間繰り返した結果でした。最初はもっと持っていきたいものがありました。でも1ヶ月歩くと「使わなかったもの」が見えてきます。それを町から家に送り返します。この繰り返しで装備が洗練されていきます。

大事なのは「最初から完璧な装備リストを作ろうとしない」ことです。歩きながら調整します。これはPCTでもATでも、日本の山でも同じだと思います。

補給計画のロジック

ロングトレイルの補給計画は、シンプルな掛け算で組み立てます。

町間の日数 × 1日の食料重量 = 持つべき食料の総重量

PCTでは「3〜6日分 × 500〜600g/日 = 1.5〜3.6kg」が典型的でした。この数字はトレイルごとに変わりますが、計算のロジックは同じです。

もうひとつ重要なのが「カロリー密度」の考え方です。1gあたり何kcalあるかで食材を選びます。

  • オリーブオイル: 9kcal/g(最強)
  • ナッツ類: 5〜6kcal/g
  • チョコレート: 5kcal/g
  • ドライパスタ: 3.5kcal/g
  • 米: 3.5kcal/g

補給間隔が長いトレイル(Te Araroaの北島区間は最大10日以上)ほど、この数字が重要になります。「重さあたりのカロリーが高い食材」を選ぶと、食料袋が小さくなり、パックにも余裕ができます。結局、食料計画は算数の問題です。

具体的な食材選びとレシピは、HIKER FOODページを参照してください。

HIKER FOOD →

撤退の判断基準

「いつ止めるか」は、ロングトレイルで最も難しい判断のひとつです。自分がPCTで設定していた基準は3つあります。

1. 歩行不能の怪我 — 膝や足首の痛みが「歩くたびに悪化する」レベルなら、町で休んでも治らない可能性が高いです。動けるうちにエスケープルートを考えます。

2. 天候 — PCTでは熱波、山火事に遭いました。天気や火事が回復する予報があるなら待ちます。ないなら迂回するか撤退します。「天気は自分でコントロールできない」ことを受け入れるのが最初のステップです。

3. メンタル — 「歩きたくない」が3日以上続いたら、ゼロデイを2日取って考え直します。それでも気持ちが戻らないなら、一度トレイルを離れて判断します。「止めることは失敗ではない」と思えるかどうかが大事です。私は足を痛めてPCTの最中に10日間の音楽フェスへ出かけました。

これはPCTに限った話ではなく、数百km以上のトレイルなら必ず一度は考える場面が来ます。判断基準を事前に決めておくと、現場で冷静になれます。

「最初の2週間」ルール

どのロングトレイルでも、最初の2週間が最もリスクが高いです。理由はシンプルで、体ができていないのに気持ちが先走るからです。頑張っても体がついてこないのがもどかしいですが…

例えばルールを作るなら:

  • 最初の2週間は20km/日以下
  • 痛みが出たら即座にペースを落とす
  • ゼロデイを早めに入れる(最初のタウンで1日休む)

この「抑える」感覚は、ATのスプリンガーマウンテンから歩き始めるときも、Te Araroaのケープレインガからスタートするときも同じはずです。「歩けてしまう」のと「歩き続けられる」は別の話です。

ロングトレイルは「生活」になる

2週間以上歩くと、ハイキングは「アクティビティ」から「生活」に変わります。朝起きて、テントを畳んで、歩いて、食べて、寝る。その繰り返しがルーティンになります。

この「生活化」はロングトレイルの醍醐味でもあり、壁でもあります。最初の興奮が薄れたとき、歩くことが「作業」に感じられる時期が来ます。PCTでは3週目あたりで来ました。

対処法として自分がやっていたこと:

  • 毎日ひとつ、写真を撮る被写体を意識的に探す
  • タウンでは「歩かない楽しみ」を全力でやる(食事、洗濯、人と話す)
  • 先のことを考えすぎない(「今日のキャンプ地」だけ考える)

長く歩くほど、この「日常を楽しむ力」が試されます。これはPCTでもCaminoでも、きっと同じだと思います。その日暮らしを楽しみましょう。

次のトレイルのこと

PCTを歩き終えた後、「次はどこを歩くか」を考え始めるハイカーは多いです。自分もそうでした。参考までに、日本人が歩きやすいロングトレイルの特徴をまとめておきます。

AT(Appalachian Trail・アメリカ東海岸) — 約3,500km。PCTより標高差が激しく、毎日が登り下りの連続です。シェルター(避難小屋)が充実しているのでテント不要の区間もあります。湿度が高く虫が多いです。

CDT(Continental Divide Trail・アメリカ) — 約5,000km。3大トレイルの中で最もルートが不明瞭で、ナビゲーション能力が求められます。PCT経験者が次に選ぶことが多いです。

Te Araroa(ニュージーランド) — 約3,000km。南半球なので季節が逆です。ビザが取りやすく、英語環境です。ハット(山小屋)文化があり、PCTとは違う歩き方になります。

Camino de Santiago(スペイン) — 約800km。期間1ヶ月前後です。宿泊施設が整っているのでテント不要です。「最初のロングトレイル」としてハードルが低いです。

みちのく潮風トレイル(日本) — 約1,000km。東北沿岸を歩きます。日本語で歩ける、補給しやすい、アクセスがいい。日本にいながらロングトレイルの感覚を体験できます。

どのトレイルを選んでも、PCTで学んだ「歩き方」は使えます。装備の考え方、ペース配分、食料計画、メンタル管理 — 一度身につけたスキルは、フィールドが変わっても応用が効きます。

TIPS: MIYAGENの道具はPCT以外でも使える

MIYAGEN CREST 40は「ロングトレイルを歩くために作ったパック」ですが、設計思想は「軽くて壊れにくい」という普遍的なものです。実際、3D WHISTLEやとれいる羊羹を含め、トレイルの名前に関係なく使える道具を作っています。「4,200km使えた」は、他のトレイルでも信頼できるという意味でもあります。もちろん日本のトレイルでもフィールドテストを繰り返しています。

PCTをもっと知るためのリソース

自分がPCTの準備とハイキング中に実際に使っていたサイトやツールをまとめました。

  • PCTA pcta.org — パーミット申請、トレイル状況、公式情報はここから。
  • Halfway Anywhere halfwayanywhere.com — 13年分のハイカーアンケートと記事。英語ですが、装備・補給・計画の情報量は圧倒的です。
  • FarOut faroutguides.com — PCTハイカーの必携アプリ。水場・キャンプ場・補給ポイントのリアルタイムコメントが命綱。
  • Craig's PCT Planner pctplanner.com — 日程計画ツール。スタート日とペースを入れると、各町への到着予定日が自動計算されます。
  • r/PacificCrestTrail reddit.com/r/PacificCrestTrail — リアルタイムの情報交換。パーミット情報、装備相談、トレイル状況の質問が活発です。